もともと琉球王国時代に中国からの使者(冊封使)をもてなすために生まれた「組踊」は、琉球国の文化や高い教養をPRするための舞台であり、国を挙げての一大イベントとして極められました。現在70点余りある作品のテーマは、主君に対する忠誠心や親孝行など、いわゆる“道徳的”なものが多いため、最初は「難しそう…」とか「敷居が高そう」と捉えられがち。でも実は一つの作品の中には、人間味を感じるユーモラスなやりとりや圧倒的な迫力を感じるシーンなど、いくつもの“みどころ”がつまっているのです。
「組踊」は、歌三線(琉球古典音楽)、唱え(琉球古語を中心とした詞章)、踊り(琉球舞踊)が調和した総合芸術。美しい調べ、典雅な世界に身を委ねていると、いつのまにかいにしえの琉球王朝にタイムスリップしたような感覚にとらわれるはずです。現代劇と比べて登場人物の所作が非常にゆったりとしており、動きが抑制されているのが大きな特徴で、基本的に背景転換や大掛かりな装置がないため「立方(たちかた)」と呼ばれる“演者”と「地謡(じうてー)」という“音楽を奏でる”人々の極められた技と芸をじっくり堪能することができるのです。
その分、鑑賞する側の感性もとても重要になります。難しく考えずに、まずは「感じる」ことを大切にして鑑賞するのがおすすめ! 想像力や五感をフル稼働することで、「一人ひとりの組踊」が紡ぎ出され、舞台が生み出す世界がさらに豊かに広がっていきます。また、初心者の場合は、作品のストーリーや役柄を予め知っておいた方がスムーズに物語の世界へ入り込めます。後は美しい衣装を楽しむもよし、ストーリーを追いながら独特の唱えや典雅な音楽に聴き入るもよし。伝統芸能である「組踊」の舞台は決まり事の多い世界ですが、作品や舞台の楽しみ方は人それぞれ。もっと自由に、気軽に「組踊」に親しむことが一番の鑑賞ポイントかもしれません。
現代劇の台詞にあたる「唱え」は、
独自の抑揚で観客の想像力をかき立てる
音楽を担う地謡(じうてー)と役を演じる立方(たちかた)の調和もみどころの一つ
冒頭に登場し、豪快かつ堂々たる唱えを展開する「阿麻和利(あまわり)」
父の敵を討つ決心をした二童に、
母が父の形見の短剣を授ける
踊り子に扮した二童と共に舞い踊る、
酔いのまわった阿麻和利
勝連按司(かつれんあじ/勝連の地主)の「阿麻和利(あまわり)」は、ライバルである中城按司「護佐丸(ごさまる)」を陥れて城を攻め落す。没した護佐丸の二人の遺児「鶴松」「亀千代」は、父の敵を討つことを決心。母親から形見の懐刀を授かる。踊り子に扮して阿麻和利に近づく二童。酒宴の席で兄弟の舞に魅了された阿麻和利は、上機嫌で刀や羽織、着物まで褒美として二人に渡してしまう。物語の終盤、兄弟は酔いが回った阿麻和利を形見の懐刀で討ち取り、見事に父の敵討ちをする。
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権力を象徴し、力を誇示する「七目付(ななみじち)」という所作は大迫力!阿麻和利の性格やその後のを展開を想像させる「つかみ」のシーンです
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まだ少年である兄弟が父の敵討ちのために母親と別れ、旅立つシーンはそのつらさやさびしさが地謡の歌からも推し量ることができます
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物語の終盤で酒に酔い、冒頭の勇壮な姿とは人が変わったようになる阿麻和利。そのギャップがとてもユーモラス!
首里に上がる途中で宿を乞う「若松」と女の出会いの場面
鬼女に変身した女に対して
寺の住職たちが念仏を唱える
美しい女から鬼女へー。
その変貌ぶりを鬼の面で表現
首里に奉公へ向かう中城若松は、道中一夜の宿を乞うために民家を訪れる。その家の女は男が噂に名高い美少年・若松だと知るや宿泊することを了解し、今宵は語り明かそうと言い寄る。若松は、「私は奉公に上がる身である」と女の誘いを拒否し、家を出て末吉の寺へと逃げ込む。住職の計らいで鐘の中に隠れるが、自尊心を傷つけられた女は若松を追いかけて寺へ入り、執念のあまり鬼女と化す。最後には、住職と小坊主がお経を唱え、仏法の力で鬼女を退散させる。
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逃げる若松を追いかける女はまるで恋するストーカー!?奉公に上がる男を誘惑する、というモラルを破る「悪役」としての女の心情の変化に注目!
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住職に見張りを言いつけられているのに、追いかけてくる女の美しさに惹かれてつい寺へ入れてしまう小坊主たちの会話ややりとりが面白い!
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般若の面をつけた鬼女は何ともいえぬ恐ろしい佇まい。鬼女を退散させる立ち回りでは、音楽はなく太鼓と笛のみでその緊迫感を表現します
能や狂言といった日本の伝統芸能の影響を受けながら、琉球独自の芸能として昇華し、完成されたた「組踊」は、その様式美が高く評価されています。それ故に舞台上での「決まり事」「約束事」が多いのも大きな特徴。ここで紹介するものの他にも様々な約束事があり、演じる側・鑑賞する側がその様式の中で「組踊」と向き合うこととなります。
例えば、「必ず幕が上がってから登場人物が出てくる(逆に退場してから物語が終わる)」「登場した時には名乗り(自己紹介)を行う」「回想シーンはなく、時間の流れと共に物語が進行する。そのため、過去のいきさつ等は立方(演者)が台詞で説明する」「道行(外出・旅)の際は笠をかぶり杖を持つ」など決まり事の種類は多種多様。引き算と抑制の美学を備えた「組踊」だからこそ、数々の決まり事は観る側にとって舞台をわかりやすくする解説書のような役割を果たしているのかもしれません。
また顕著なのが「舞台の使い方」です。舞台上を数歩歩く、または舞台をくるっと回ることで時間の推移や場面の転換を表現します。これは、三間四方という決して広いとは言えない空間の中で行う「組踊」ならではの約束事。すべてを把握するのは難しいかもしれませんが、「決まり事」を知っていると舞台鑑賞に深みが増し、より一層楽しむことができるのではないでしょうか。
笠をかぶり、杖を携えた人物が登場する時は、その人が「外出の途中」にあることを示す
琉球王朝時代のあでやかで美しい衣装は「組踊」の魅力の一つでもあります。同じ男方でも「二童敵討」に登場する阿麻和利などの位の高い人物になると金襴を用いた堂々たる着物と羽織を身につけます。また、頭の頭巾についた「向立(こうだて)」という角飾りによってその人物の階級がわかるようになっています。女方も年代や身分によって衣装が異なりますが、色あざやかな紅型衣装はため息が出る程美しく、琉球王朝の伝統工芸の粋を感じ取ることができます。若衆(元服前の少年)も女方と同じく紅型衣装を身にまといますが、振り袖を着るのは男である若衆だけ、というのも興味深いところです。
化粧で特徴的なのは役柄を強調するダミと呼ばれる隈取り。女方でダミを用いるのは「執心鐘入」の鬼女のみです。また男方はヒゲの描き方で位や年齢を表現することもあります。
舞台で用いられる小道具で独特なものは「きょうちゃく」と呼ばれる腰掛け。身分が高い人が座る椅子のような役割をしており、それを運ぶ「きょうちゃく持ち」の係までいます。他に興味深いのは「執心鐘入」や「花売りの縁」で用いられる面。これは「組踊」が、能の影響を受けていることをわかりやすく示しています。
ヒゲや目元のダミなど、立方の役に合わせた化粧が施される
「花売りの縁」に登場する猿の面
美しい大団扇は
武将などの軍配を示す小道具
「組踊」は、音楽・台詞・舞踊が一体となった伝統芸能で、琉球王朝の文化・教養・芸能の粋が集約された総合芸術だと言われています。「組踊を聴く」とも言われるように、「組踊」にとって音楽は非常に大きな役割を果たしており、地謡による歌は場面の転換や立方の心情を豊かに表現しています。大半は“八・八・八・六”で表される四句構成の「琉歌」を用いているのが特徴と言えます。
一方「唱え」と呼ばれる台詞の言い回しにも独自のリズムがあり、その典雅で美しい抑揚は「組踊」の真骨頂でもあります。また、唱えから前奏なしですぐに歌へ移行するため、台詞を担う「立方(たちかた)」と音楽を担う「地謡(じうてー)」の間の取り方は非常に高度な技が必要とされています。
そこに美しく風格を漂う琉球舞踊が加わり、「組踊」の舞台が完成します。すべての技が究極まで高められ、互いに調和することで観る者の心に忘れ得ぬ感動と圧倒的な存在感を焼き付けるのです。
舞台の上で、音楽と台詞、そして舞踊が共鳴し合い、一つの壮大な世界を生み出す
「組踊」は明治維新後、沖縄の各島々へと広がり、村や地域単位で行われる豊年祭などの祭事と結びつきを強めていきました。村踊りの一つとして取り入れられた「組踊」は、神々への奉納や祈願というかたちでその姿を今に残しています。その素朴でありながら完成された佇まいは、かつて「組踊」が創案された時に古来の祭事や芸能が影響を与えたことを表しているかのようです。
全国的に有名な離島の「組踊」といえば、国の重要無形民俗文化財に指定されている『多良間島の八月踊り』、竹富島の『種子取祭(タナドゥイ)』などがあります。どちらも、毎年祭りの時期にはその幽玄かつ壮大な世界を一目見ようと、多くの人々が県内外から集まり大きな注目を集めています。特に『多良間島の八月踊り』は、「組踊」の始祖、玉城朝薫(たまぐすく ちょうくん)が生み出した“御冠船踊”の全容を示し、祭り全体の構成が正確に再現されていることから、非常に貴重であると考えられています。
1979年那覇市生まれ。4歳で故宮城能造氏の門下生となり琉球舞踊を始める。宮城流 能里乃会師範。沖縄県立芸術大学大学院音楽学芸術研究科修士課程修了。在学中から新作組踊を発表するほか、国立劇場おきなわの開場記念公演などに出演。沖縄県立芸術大学非常勤講師を経て、2013年4月から公益財団法人国立劇場おきなわ運営財団芸術監督兼企画制作課長に就任。